ヒッチハイクで得たもの

悪い気はしません。 初めてヒッチハイクという挑戦をする心は素敵ですが、見知らぬ人を自分の車に乗せてあげようと思う人の方がすごいかもしれません。 ヒッチハイクをしたという事実よりは、ヒッチハイク中の経験談の方が面白いし、すごい。 見知らぬ人を自分の車に乗せられる勇気と優しさを持つ、素敵な人と過ごす時間の積み重ねがヒッチハイクであるからです。 「ごめん、乗せられない。けど頑張って。」と言いながら渡される缶コーヒー。「もう一本ある別のバイパスの方が乗せてもらいやすいですよ」という助言。「少ししか乗せられないけどいい?」 と言いながらドアを開けてくれる行為。「飲みに連れて行ってあげる」と言って渡される名刺。 多くの人の、多様な種類の優しさの上に成り立つのがヒッチハイクであるから、その経験談は面白く、すごいのです。 ヒッチハイクの経験がある人同士だと、過度に相手をすごいと思うことはあまりないです。 いくぶん、未経験者よりも正確に相手の経験を捉えられます。 ヒッチハイクと言う共通の話題があるので、お互いに仲良くなりやすく、その分魅力的な話を聞きやすいです。 以前、僕は愛知県の刈谷PAで出会った京大生のヒッチハイカーと、僕が宇都宮のぶどう直売所でもらったビスケットなどのお菓子を食べながら、道中での話やヒッチハイクの方法を話しました。その方とは縁があって2人一緒に2台乗り継いで京都駅まで乗せてもらいました。 (途中、僕ら2人に見ず知らずのヒッチハイカー1人を加え、計3人で同じ車に乗せてもらう時間もありました。) ヒッチハイクから帰ってきてからも、ヒッチハイクをしたことのある同じ大学の先輩にLily’s Boot Campで出会い、ニュージーランドで野宿をして死にかけた話など、色々聞けました。僕もヒッチハイクをした時の話をしました。 その後、食事に誘われたり、マラソンに誘われたりして、今も交流が続いています。 僕はマラソンをしたことが、上記の先輩とマラソンをしたときまではなかったです。走りきれるかが不安でした。 その先輩の誘いを頂くきっかけと、それに乗る自分の判断の助けになったのがヒッチハイクです。 できるかどうかがわからなくても、とりあえずやってみると、たとえ失敗しても得られるものがあるとヒッチハイクを通して学んだからです。 マラソン後、足はとても痛くなりましたが、やってみて良かったです。自分の足にとって初めての長距離を、時々美しい桜や先輩方に励まされながら、自分の足で、走った経験は、得がたい価値あるものでした。 2017年の9月に僕を宇都宮まで乗せてくださった方は今年2018年の7月に、Facebookで連絡を下さって僕の住む街の近くまで仕事で来たからと、食事をご馳走してくださいました。 たくさんの思い出も出来ました。 渋谷をおじさんと飲み歩いたり(飲み屋に入った経験すらヒッチハイクをするまでは無かった。況やよく知らないおじさんと飲み歩きをや。)、東京の飲み屋で出会った人の”つけ”で京都の店で飲んだり、「夜は短し歩けよ乙女」の作中のバーのモデルになったと思われる店で女子大生2人と飲んだり(一人でバーに入ったのはこの時が初めて)、価値観の違いに触れたり、お世話になった飲み屋にお土産を持って帰ったり、なんの気なく寄った寺で境内に国家安康の鐘があると寺にいたおばさんに教わったり、阿弥陀仏像の前でひれ伏したり、フォークでのパフォーマンスを生業にしているRyoさんに名古屋城前で出会ってフォークで作ったペン立てをもらい、オススメされた味噌カツを食べたり、明治神宮の梅酒祭りで綺麗なお姉さんに梅酒を注がれ、美味しいですと言ったら笑顔で「おおきに」と言われたり、、、思い出の枚挙に暇がありません。 自分の気の赴くままに自由を謳歌できるのが、僕にとっての旅であり、ヒッチハイクです。 今は人生も同様なのではないか考え、身をもって証明中です。 2018年の8月、山形県の米沢市から福島まで歩こうとして足の痛みと脱水症状の恐れに挫折して、仕方なくヒッチハイクで移動しました。 もともとヒッチハイクで福島まで行こうと思って、以前に京都まで福島経由でヒッチハイクをした時に立っていた道に行きました。ヒッチハイクのつもりだったので、Let’s Note(ノートパソコン)や航空力学入門などの本、着替えなどが入った重いリュックを背負っていました。しかし、この道でのヒッチハイクは去年もできたし、今日もきっとできるからつまらないなと思って、不意に約40kmを歩いてみようと思ったのです。ヒッチハイクで乗せていただいた距離の一部とはいえ、自分の足で同じ道を歩くことで、その時のありがたさを改めて認識できると思ったことも動機の一つです。ヒッチハイクをする以前の僕なら、またマラソンを経験する前の僕なら、あり得ない思考です。 刈安の駐車場でヒッチハイクをしようと決めてからは、声をかけ始めて1台目の車に乗せていただきました。 そのご夫婦は福島市街に入らず大玉村に向かう予定であったのに、僕のために福島駅まで運転してくださいました。 ペットボトルの水もいただき、楽しく会話ができました。 あの人は面白そうだな、優しそうだな、話してみたいなと思った時に話しかけられる勇気は自分の世界を広くします。 ヒッチハイク後、いろんな行事で人と会うたびに、話してみたいと思った人には自分から話しかけられることが増えました。 直近では、Make Schoolというプログラミングスクールに参加したとき、そこにいた同じ大学の先輩に話しかけ、その方の作っていたiOSアプリを見せてもらった後に、その方のスマホに将棋ウォーズと言うオンラインで将棋を指せるアプリがあるのを見つけてそのことを指摘して、その場で将棋ウォーズの友達対局という機能で将棋を指しました。 その後、その先輩のアパートで将棋を指したり、将棋のイベントに誘ってもらったり、その先輩が部長を務めるVR部に留学生が来ると知り、その時に説明の担当をやってみたいと言ったらやらせてもらえることになりました。僕はVR部には入っておらず、VRの知識も薄弱ですので、VRの機器の使い方についても教えていただけるそうです。 Make School の講師の方はMIT卒のエンジニアでしたが、全講義終了後の交流会で、自分から英語で話しかけることができました。 美人の奥さんにも話しかけ、写真を撮ってもらいました。 (鼻ピアスをしていても美人だと思える人は僕が会った中で初めてです。) 授業中も、交流会での会話も、言いたいことを全て言えたわけではなく、相手の全ての発言を聞き取れたわけではないのが悔しかったので、前述のVRに関する留学生向けの説明をやらせて欲しいと頼みました。 英語を使う機会はなるべく多く作ろうと思っているからです。 Udemyで英語のPythonの講義も購入し、時間を作って見ています。 世の中には、自分の出会ったことのない人、話したことのない人がたくさんいます。 この当たり前の事実を旅を通して再確認し、素敵な人がたくさんいると身を以て知れました。 ヒッチハイクの体験談を共有することで、友達や初めて会った人を楽しませられたり、新たな仲間ができたりします。 ヒッチハイクをした経験が僕の自信になり、人に話しかける時に、躊躇うことはあっても、最終的には話しかけられることが増えました。 これからも、自分なりに挑戦を続けていきます。 振り返ってみると、失敗した後悔よりも、何かやらずに後悔をしたことの方が多いからです。 やるかどうかを迷っていることは、やりたいことか やる必要のあることです。 やりたくなくて、やらなくてもいいことなら、やるかどうかで迷う必要はありません。 迷ったらやる。 話しかけてみたければ話す。参加してみたい行事には行く。興味のあることは勉強してみる。 とりあえずやってみる姿勢が、旅路で得たものの中でもっとも大きいです。 道に立って地名を記したノートをかざす時、素通りする車の方が、ノートを見て乗せて下さった方の車よりも、ずっと多いです。 ヒッチハイクに限らず、挑戦の最中、失敗することもあります。挑戦を躊躇ってしまうこともあります。 人間関係で言葉の使い方を誤り、後悔してしまうこともあります。 失敗の経験が僕にはたくさんあります。 でも失敗した後に必要以上に自分を責めたりせず、ある程度反省したら、挑戦した自分を認めてあげられる強さを持っていようと今は思えるようになりました。]]>